経済と現代社会

自由市場経済体制とは、市場の機能である需要と供給によって価格調節が行われることを重視し、国家は市場に必要最小限の介入しかしない、という考えの経済体制のことである。アダム・スミスは「見えざる手」により需要と供給のバランスが自然に調節され、個人が利益を求めることが結果社会全体の利益になると考えた。

反対に国家によって資源の配分や価格調整が行われる体制を計画経済という。この国家が莫大な情報を正確に処理しなければならない計画経済に比べて、適切な配分・生産が可能であるところが市場経済の利点である。他にも利益を出せる企業が資源購買力を持つため自然と効率的な資源分配が行える点、また企業や労働者同士の競争意欲を促進することにより生産力・勤労意欲が増強し、経済成長を促す点などが利点と言える。

市場経済の問題点

私は市場経済の方が資源分配という面で平等であり、有効であると考える。なぜならば、国家が介入する計画経済ではどうしても国家の把握し得る限界の中での経済になってしまうからだ。需要と供給は何かをきっかけに爆発的に変動したりすることもあるものの、自然とどちらかが落ち着き上手く収まるようになっている。私はこの間の関東・東北大震災の時にもそう感じた。

物資が不足するかもしれないという不安に煽られた人たちによる買い占めが起こり、一時期米・水・ティッシュ・トイレットペーパーなどが店頭から消えた。しかし実際には生産が止まっているのではなく、運搬が追い付いていないだけだと分かると次第に落ち着いていった。このことからもう一つ考えられることは、市場経済は非常に情報や国民の感情に左右されやすいということである。これは市場経済の欠点であり、特徴であると言える。計画経済ならば、国民の間にいわゆるブームメント的な何かが起こったり想定外の事態が発生したりしてもそこまで経済を大きく揺らがすことはない。ある意味国民の価値観に「価格」そのものが委ねられている市場経済は、安定した経済体制とは言えないのかもしれない。

カール・マルクスは商品には使用価値と交換価値があり、この交換価値、すなわち価格の本質こそが「価値」であると述べており、価値は抽象的人間労働の量によって決まるとしている。すなわち物の価値は最初から物に備わっているわけではなく、その商品にどれだけの労働が費やされたか、という考え方である。この考え方は、国民一人ひとりの感情やその時の一瞬の情報によって価格調節が行われる市場経済と繋がっているように私は思う。